高知地方裁判所 昭和46年(わ)630号 判決 1976年3月31日
主文
被告人両名を各罰金五万円に処する。
被告人両名においてその罰金を完納することができない場合は、金二五〇〇円を一日に換算した期間、それぞれその被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は、鑑定人今井嘉彦、同村田猛男に支給した分を除き、被告人両名の連帯負担とする。
理由
(事実)
一本件の背景
1 高知パルプ工業株式会社設立の経緯
昭和二三年春、高知製紙株式会社(以下高知製紙という。)は、高知県における豊富な木材を利用し紙業の発展を促進する趣旨で、高知市旭町三丁目九四番地にいわゆるカルシユームベースのSP(サルフアイトパルブ)方式によるパルプ製造工場を建設する方針を固め、高知県知事に対し市街地建築物法による特殊建築許可の申請をし、高知市議会に対し工場設置の承認方を陳情するなどして、準備を進めた。
しかし、右工場の建設については、同所が市街地で人家が密集しているうえ同市内の河川が浦戸湾に流れ込んでいることから、工場操業により、亜硫酸ガスが放散されて付近住民の健康を害し或は廃液が排出されて河川等を汚染するに至ることを憂慮した地区住民及び漁民から反対の声があがり、右のとおり陳情を受けた高知市議会においても、関係委員会及び議員総会の審議を経た結果、同年一一月二〇日、高知県知事、高知市長及び高知労働基準局長に対し、前記工場の設置は立地上適当と考えられないが、他に適地を求めず強いて同地に設置するとすれば、(1)廃液の中和槽、沈殿槽、濾過槽等の諸設備を完全にし流域全体にわたり被害を及ぼさないよう工場敷地内において完全処理を行う、(2)会社は操業開始前において県市並びに既設製紙工場等と協力し廃液を放流する排水路及び江ノ口川等の完全浚渫を行い爾後においても廃液の放流により汚染物等が沈殿しないよう随時浚渫を怠らない、(3)亜硫酸ガスについては人畜農作物等に被害を生ぜしめないよう万全の施設をする、(4)工場の設置によつて付近住家に渇水或は水質変化を生じたときは会社において直ちに完全な対策を講じいささかも住民に不便をかけない、(5)如何なる場合においても被害が発生したときは会社が全責任を負担してその賠償にあたり、なお被害発生に対処するため地元住民、関係地区農漁民その他関係者よりなる委員会を設ける、(6)その他適当な方法があれば会社は誠意をもって最善の処置を講じ万遺憾なきを期する、(7)これらの設備処置をもつてしてもなお被害が大であるときは工場を閉鎖する、以上七項目にわたる条件を付し且つこの条件は厳重に実行されなければならない旨要望して、市民と共に会社側並びに当局の措置を将来にわたり監視していく姿勢を示し、なおこれを受けた高知市長は、直ちに前記建築許可申請を審議している高知県知事に対し、会社に対して必ず右市議会の要望どおりの条件を付すると共にその実行については県当局が責任をもって厳重な監督監視を励行し市民に不安の念を生ぜしめないよう取計らわれたい旨要請した。
そこで、高知県知事桃井直美は、同年一二月二八日、高知製紙取締役社長河野富助との間で、同会社が前記市議会の要望する条件と同趣旨の事項を実行する旨を約した覚書を取り交わすと共に、同社長から、特に廃液の浄化及び亜硫酸ガスの漏出防止について会社が誠意をもつて責任ある処置を行う旨の誓約書を徴し、そのうえで前記申請にかかる工場建築を許可した。
かくして、高知製紙は、ようやく昭和二四年に入つて本格的に前記工場(以下本件パルブ工場という。)の建設工事を進めることとなつたものの、紙業界の不振ないし経済不況のため資金難に陥り、同年末には総工程の一四パーセントを残し工事の続行が困難となつて未完成のまま工事の中止を余儀なくされたため、県下紙業界への影響も少なくないことが憂慮されて、その工場ないし事業を引き継ぐべく西日本パルプ株式会社(以下西日本パルプという。)が設立され、同会社が本件パルプ工場を完成し、昭和二六年から操業を始めるようになつた。
そして、昭和三三年に至り、西日本パルプは、愛媛県伊予三島市に本店を有する大王製紙株式会社(以下大王製紙という。)に吸収されて合併し、本件パルプ工場は同会社の高知工場として操業が続けられていたところ、昭和三六年、同会社は、SP方式によるパルプ製造は既に斜陽産業と化して将来性がなく、また本件パルプ工場は比較的小規模であつてこれを維持することが同会社の経営上不得策であるとして、同工場を閉鎖する方針を打ち出した。
ところが、高知県・市の各当局及び労働組合関係筋において、地場産業を育成し且つ従業員の職場を確保する見地から、本件パルプ工場の存続方を強く要請したため、大王製紙としては、右閉鎖の方針を完全に実行しきれず、同工場を地場産業として独立させるのが適当であると考え、同年五月、系列会社等と共に資本を投入していわゆる子会社たる高知パルプ工業株式会社(以下高知パルプという。)を設立し、以後同会社が同工場の操業を続けることとなり、月産約一〇〇〇トンのパルプを製造していた。
2 本件パルプ工場の操業によって生じた影響及び被害
(一) 廃液によるもの
本件パルプ工場は、昭和二六年の操業開始以来、そのパルプ製造過程で生じた硫黄化合物及びリグニン等の有害物を含む多量の廃液を排出していたが、その有害物の除去については、工場敷地内に沈殿池を設け、これに廃液を一定時間滞留させてSS(浮遊物質)の沈降を図つたり、消石灰等を投入してPH(水素イオン濃度)を調節する以外、特にみるべき処置をとらないまま、右沈殿池から同工場南側の国道三三号線に至り、そこから同国道を約七五〇メートル東進し、高知市中須賀町交差点で北方に折れ二九メートル北進して江ノ口川に至る区間に埋設された排水管を通して右工業廃液を江ノ口川に放流していたため、その有害物はほとんど除去されず、高知県紙業課が昭和四四年一〇月二三日午前九時五八分から午後七時一〇分までの間六回に分けて行った調査結果によれば、同工場の一日の総廃液量は一万四〇〇〇トンに達していたが、その沈殿池出口における廃液の質は、概ね、PHが5.9ないし6.9BOD(生物化学的酸素要求量)が九八〇ないし一一四〇PPM、COD(化学的酸素要求量)が三〇〇〇ないし四八〇〇PPM、SSが二五ないし四四PPMというかなり高度に汚染されたものであった。そして、その廃液は江ノ口川を経て浦戸湾に注いでいたため、江ノ口川、浦戸湾を次のように汚染していった。
(1) 江ノ口川の汚染
江ノ口川は、高知市のほぼ中央部を流れ、その流域のほとんどが住宅街で、かつては清流に恵まれ魚類も豊富に生息し、その存在が流域住民の生活環境の重要な一部をなす情況にあったが、川幅が狭く流量の少ない川であるため、本件パルプ工場から放流された廃液の希釈される割合が小さく、昭和三五年頃からその汚染が著しくなり、黒褐色に汚濁を極め、悪臭のひどい、いわゆるヘドロが堆積した、魚類の生息できない死の川と化し、また硫酸還元菌の働きにより川底から発生した硫化水素のため、流域住民の間に鼻や咽喉の痛み、頭痛、吐き気を催すような症状があらわれたり、真鍮や鉄等の金属製品が非常に錆び易く電気製品の故障も多くなるなどの被害を与えていた。
(2) 浦戸湾の汚染
浦戸湾は、自然美豊かな内海で、魚類も多く生息し好個の漁場として活気に満ち、県民の憩いの場所となつていたが、江ノ口川から前記のような汚濁水が流れ込むのに伴ない、同様に汚濁して、そこに生息する魚類の種類、個体数ともに減少し、尾椎骨に湾曲が生じるなどの自然環境では出現しないとみられる異常魚も出現し、構内の漁業に大きな被害を与え、また昭和四三年頃から、魚類やエビ類の大量斃死が発生するようになった。
(3) その他
昭和四五年八月に来襲した台風一〇号に伴う高潮により浦戸湾及び江ノ口川付近一帯の多くの人家に浸水被害をもたらしたが、その際、家屋や道具類に前記のような悪臭を放つヘドロが付着し、道具類はもはや使い物にならないような状態になった。また、本件パルプ工場の沈殿池に亀裂が生じ、そこから廃液が地下に浸透して、付近の井戸水を汚染した。
(4) 右の江ノ口川の汚染原因については、本件パルプ工場の廃液以外に、江ノ口川流域に立地する河野製紙外七つの製紙工場等の工業廃液、市民の生活排水等の影響にもよることが考えられるが、本件パルプ工場の廃液が汚染原因の大部分を占めており、また浦戸湾も他に種々の汚染原因が考えられるが、本件パルプ工場の廃液を主とする江ノ口川の汚染水の流入がその原因のかなり重要な部分を占めていた。なお、その後昭和四七年五月高知パルプが操業を停止したが、それ以来、江ノ口川は次第に清浄化され、沈殿ヘドロの残存等不十分な点はあるものの、生物、魚類の生存が確認されるようになってきた。
(二) 煙によるもの
本件パルプ工場の操業過程から硫化水素や亜硫酸ガスがもれ、それが付近の住宅街に漂い、その住民に息苦しくなるとか、咳がでるなどの被害を与えた。
二本件犯行に至る経緯
1 被告人山崎は、旧制高等工業学校を卒業後、工業学校の教員を経て、機械類の製作販売を業とする会社を経営していたものであるが、昭和三七年四月、当時高知県が浦戸湾の約三分の一を埋立て臨海工業地帯化する計画の下に工事を施行していたことから、その埋立工事は、県民からその憩いの場所である浦戸湾を奪い、環境、自然を破壊するものであり、且つ、自然を破壊することは、大きな災害をもたらすのみならず、人類を含むすべての生物を滅亡の方向へ導くものであると考えて憂慮し、同憂の士と共に「浦戸湾を守る会」(以下守る会という。)を結成して、自らその会長となり、以来、右埋立に反対し自然を守る運動を続けていたところ、その影響もあって、県は右計画を全面的には実行せず一部のみにとどめた。
2 昭和四五年初頃から、守る会は、その活動方針を、右の埋立反対活動から、浦戸湾の水質を保全する方向に転換し、同年四月上旬、被告人山崎の友人で、旧制師範学校卒業後長年にわたり教員生活を送って退職した被告人坂本を事務局長として迎え、浦戸湾を汚染していると思われる江ノ口川流域の本件パルプ工場その他の製紙工場の工業廃水の浄化活動に取組むこととし、その手始めとして右各工場の公害防止設備等を見学しようと考え、同月一一日午前中、被告人両名を含む守る会の会員は、江ノ口川流域の金星製紙、三好製紙の各工場を見学し、午後本件パルプ工場を見学しようとしたところ、会社側から、「製造部長不在のため、今日は工場外部の見学だけにとどめて欲しい。工場内部については、製造部長の在社する四月一三日に来てもらえば見学させる。」と言われたため、工場外部のみ見学して一まず引き上げ、同月一三日、右約束に基づき、再度本件パルプ工場を訪問したが、四月一一日にした工場外部の見学について、某新聞が、立入検査をしたとの記事を掲載したことから、検査をされるいわれはないとする会社側が態度を硬化して、工場内部の見学を断わられた。
3 そこで守る会は、高知県・市の公害担当職員に本件パルプ工場見学の斡旋を依頼したところ、同年五月一四日に至り、高知市の安全対策室長平石磨作太郎ら公害担当職員から「本件パルプ工場の見学をするかわりに、高知パルプと会議をもつてはどうか。」と勧められたので、被告人ら守る会側もこれに同意し、右職員らが準備を進め、高知県環境保全局公害課職員も参加して、会談することになつた。
なお、これよりさき、被告人坂本は、守る会々員らと共に、高松市の四国工業試験所の生源寺博士を訪ね、公害防止施設等につき教えを請うた結果、本件パルプ工場の廃液処理としては、濃縮燃焼法を採用するのが最良であるとの心証を得た。
4 第一回会談の模様
昭和四五年五月二一日、高知市内の社会福祉会館で、住民側は、被告人両名を含む守る会々員数名、江ノ口川公害対策期成会、旭地区公害対策協議会の各代表、高知パルプ側は、尾崎茂夫専務取締役、総務部長、製造部長らが出席し、高知市・県の各公害担当職員らが列席して、前記平石の司会で会談が行われ、住民側が各種の被害を具体的に訴えて、善処を求めたところ、尾崎専務以下会社側は、前記のように本件パルプ工場閉鎖の方針を打ち出した際、高知県当局或は労働組合関係筋らから存続方の要請があつて、これに応じていることから、今更公害うんぬんといわれるのはいささか迷惑であるというような態度に出、被害の実情にもうとく、廃液問題は技術的に解決困難であり、企業が存続していくためには廃液を流さざるを得ないという高姿勢を示したため、住民側を刺激し、一時紛糾したが、右平石らが調整して会談が続けられ、結局、住民側から会社側に操業を中止するか、それができない場合は公害防止の具体策を示すよう要求し、これに対し会社側が次回会談までに公害防止の具体策を提出することを約束して、第一回会談を終えた。
5 第二回会談の模様
同年九月二八日、高知市民図書館三階で、前回とほぼ同様の関係者が出席して第二回会談が開かれ、会社側は、総合廃液の処理として浮上分離装置を採用設置する意向を示し一応の前進をみせたが、それのみでは不十分であるとする被告人ら住民側の強い要求により、当時高知市が北川技研などに技術開発を依頼中のより適切有効な濃縮燃焼法が開発されたならば、これをも採用すべく検討する旨約束して、会談を終えた。
6 第三回会談の模様
昭和四六年四月一六日、高知市内の消防会館四階講堂において、以前とほぼ同様の関係者(前記尾崎は社長に昇格していた。)が出席して第三回会談が行われたが、その席上会社側は、既に前記北川技研において濃縮燃焼法が開発されていたのに、「浮上分離装置を来る六月中旬頃完成し、沈殿池も改善することにしているので、これらを併せばかなりの効果が上がる。」とし、濃縮燃焼法については、総設備費、ランニングコストとも企業能力を遙かに上回り、採用することができない旨表明したので、これを不満とする被告人ら住民側が会社側に強く抗議して一時会場が騒然となり、小休止の後、会社側が昭和四七年末頃を目途に本件パルプ工場を他に移転する旨表明するに至つたが、住民側はその目途ということに不安を感じて納得できず、もしその頃までに移転できなかつた場合には操業を停止するよう要求した結果、会社側は、右要求どおり操業を中止するか否かは会社の命運を懸ける最重要問題であつて、即答できないから、会社に持ち帰つて協議検討のうえ、同年五月末日までに文書をもつて回答すると答えたので、住民側もこれを了承し、その回答があつてから一〇日位後に、第四回会談をもつことを約束して、会談を終えた。
7 ところで、被告人坂本は、前記のような本件パルプ工場の廃液放流を阻止する法的手段を検討するため、前記第一回会談後、単独で、また第二回会談後の昭和四六年三月二三日江ノ口川流域住民約一二名と共に、それぞれ弁護士に相談したが、その弁護士の話しでは、「法的処置としては損害賠償請求と操業差止請求の二つが考えられるが、前者は公害拡大の防止には直接効果がなく、後者は仮処分の方法があり得るものの立証上かなり困難である。いずれにしても資料を集めるのが先決問題である。」とのことであつた。そこで被告人坂本は、江ノ口川流域の市民に被害のアンケートをするなどして資料集めを試みてはみたが、それ以上、法的手段を積極的に検討するようなことはしなかつた。そして、被告人山崎も、被告人坂本から、右弁護士の話を伝え聞いたが、さして強い関心は示さなかつた。
三罪となるべき事実
1 本件犯行の動機、目的及び共謀の成立
昭和四六年五月三一日、高知パルプ側の文書回答が高知市を通じて、守る会へ届けられた。その回答内容は、概ね、「昭和四六年末までに高知県下で適当な工場移転地が決まれば、翌四七年末までに完成することを目標に新工場を建設して、工場移転をするが、工場適地が見つからなかつた場合、四七年末をもつて操業を停止するという約束は目下のところ企業としてはできない。ただ四七年九月三〇日から県条例による水質基準が本件パルプ工場にも適用されそれに合致しない以上企業の存続が許されないことはよく承知している。会社の示すべき当面の誠意としては、浮上分離装置の完成と早期工場移転の実現に総力を挙げることにあると思われるので、次回予定されている会合は都合により出席いたしかねる。」というものであつた。この回答に接した被告人両名は、工場移転地が見つからなかつた場合はそのまま操業を続けるというのが高知パルプの意思であると受け取り、また公開の席で約束したことを一方的に破棄し今後一切の会議を拒否する会社側の態度に憤慨したが、なおも翌六月一日高知県・市の各公害担当部局を訪ね、会社側の態度に対し行政当局としてなんらかの処置を行い得ないものかとその意向を打診してみたところ、なんら打つ手はないとの返事であつた。
ここに至り、被告人山崎は、「高知パルプの廃液放流をそのまま放置しておくことは、江ノ口川のみならず浦戸湾をも死の海と化し、自然環境を破壊し、ひいては人類を含むすべての生物の滅亡にもつながるので、絶対これを容認すべきでない。この際実力でもつて、高知パルプの操業を一時停止させ、その間江ノ口川や浦戸湾が綺麗になる事実を県民や市民が知れば、自分らの公害追放の運動を理解してもらえるであろう。また高知パルプとの話し合いが決裂したことで何もせずに引つ込んでしまうのは公害追放運動の挫折であり、一歩も前進しないのではないか」と考え、高知パルプの操業を実力によつて約三日間位停止させようと決意し、同月二日午後四時頃、自宅応接室において、被告人坂本、守る会事務長岡田義勝(以下岡田という。)にその決意を打ち明けたところ、両名もこれに同意し、その操業を停止させる方法として、地下に埋設されている高知パルプ専用の排水管に生コンクリートを投入してこれを塞ぐことに意見が一致し、翌三日昼間、被告人両名は新たに右の企図に賛同し協力することになつた守る会々員吉村弘(以下吉村という。)と共に実行場所選定のため排水管の下見をしたうえ、同日夜、被告人山崎方へ被告人両名、岡田、吉村の四名が集まつて実行方法の詳細につき検討した結果、「実行場所は昼間の下見に基づき、廃液がマンホールからあふれた場合市民に対して及ぼす迷惑の最も少ない場所と考えられる本件パルプ工場の東方約二二五メートルの高知市旭町三丁目一一九番地『レストラン旭』前国道上の高知パルプ専用排水管のマンホール二個とする。マンホール内の廃液の流量流速を考え、まず麻袋に詰めた砂利をマンホール内に入れて廃液の流れを弱めたうえ、生コンクリートを入れることにする。それに必要な生コンクリート、砂利、麻袋等の入手は各人がそれぞれ分担してこれに当る。決行日を同月七日早朝とする。」旨決定し、同月五日頃被告人両名は被告人山崎方南側の小川に砂利を投入する実験を行つて、マンホール内に砂利を入れても殆んど流されないことを確かめ、同月六日岡田において高知県土佐山田町の中部生コン株式会社に赴き、翌七日早朝に出荷する約束で生コンクリート約三立方メートルを注文し、次いで、岡田、吉村の両名において高知市薊野一、六九五番地小松食品こと小松清から麻袋約三〇枚を貰い受け、これを持つて、被告人両名、岡田、吉村の四名が同市五台山有限会社丸山砂利へ行き、砂利約0.9立方メートルを買い受け、共同してこれを二四個位の麻袋詰めにして被告人山崎が経営する株式会社山崎技研の貨物自動車に積み込み、更に被告人両名と吉村において最終的に実行場所であるマンホールを再度下見するなどして本件犯行の準備をしたうえ、同月七日早朝に実行する態勢を整えたが、中部生コンに対する注文の手違いから生コンクリートの購入ができなかつたため、同日の決行を中止し、生コンクリートの出荷が可能である同月九日午前四時三〇分に決行することに変更した。
2 本件犯行の実行行為
同月九日午前四時二〇分頃、被告人山崎は、吉村運転の自転車後部荷台に同乗し、岡田は、乗用自動車で中部生コンから生コンクリート車を先導して、それぞれ集合場所に定められていた高知市上町五丁目「松木ハイヤー」前に集合したうえ、同所から共に実行場所たる前記『レストラン旭』前に到着し、午前四時三〇分頃、被告人坂本が前記山崎技研の従業員運転の砂利入麻袋を積んだ前記貨物自動車をモーターバイクで先導して同所に到着するや、被告人山崎において、妨害者が現われた場合に説得をする目的で見張りに立ち、吉村が予め用意してあつた小型バールで東西二個所の高知パルプ専用の排水管のマンホールの蓋を開け、次いで被告人坂本、岡田、吉村の三名は共同して、西側のマンホールに約二〇袋、東側のマンホールに約四袋の砂利入麻袋を投入した後、右生コンクリート車を誘導して、事情を知らない同車運転手をして、右二個のマンホールに合計約三立方メートルの生コンクリートを投入せしめ、右排水管を閉塞して、パルプ廃液の流通を止め、同会社が同日午後四時三〇分頃までは全操業を、同時刻から午後八時頃までは一部の操業を停止するのやむなきに至らせ、もつて被告人両名は岡田及び吉村と共謀のうえ威力を用いて同会社の業務を妨害したものである。
(証拠の標目)<略>
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人両名の本件行為は構成要件に該当せず、仮に該当するとしても正当防衛行為であり、もしそうでないとしても可罰的違法性を欠き、更には期待可能性がなかつたものであつて、いずれにしても罪とはならない旨主張するので、以下順次判断する。
一構成要件不該当の主張について
この主張の要旨は、「高知パルプは、本件パルプ工場の操業開始以来、高知県知事から付された工場設置の条件及び同知事に対する誓約を守らず、住民との公害防止協定にも違反し、更には通商産業省から操業休止を指示されていた二号木釜を不法に操業するなどして、有害なパルプ廃液を放流し続け、その結果、江ノ口川の魚類等の生物を全滅させ、その流域市民の生命、健康、財産を侵害し、浦戸湾を汚染して多数の魚介類を死亡させてきたものであるから、その操業は、公共の福祉を著しく侵害し企業として到底許されない違法な業務であつて、刑法二三四条の業務妨害罪にいわゆる業務として保護するに値いせず、従つて、そのような業務を停止させた被告人らの本件行為は同罪を構成しない。」というのである。
そこで検討するに、本件パルプ工場の建設に際し、その操業による被害が憂慮され、高知市議会が被害防止等のため七項目にわたる条件を付けるように要望するなどした結果、高知県知事と高知製紙との間で、同会社が右市議会の要望する条件と同趣旨の事項を実行することを約した覚書が取り交わされ、且つ、同会社が廃液及び亜硫酸ガスによる被害防止につき誠意をもつて責任ある処置を行う旨の誓約書を同知事に提出し、そのうえで工場建築の許可がなされたものであることは、既に判示したとおりである。また、前掲関係証拠によれば、西日本パルプは昭和二五年一一月二八日旭地区住民との間で、会社は現代科学の最高技術並びに学理を応用して、防音、防毒、防臭等あらゆる設備の完全を期する、亜硫酸ガスについては、人畜農作物等にいささかの被害をも生ぜしめないよう万全の施設をする、会社は被害防止について良心的に工場経営を行い、付近住家はもちろん、関係市民に対し不安の念を抱かしめないよう不断の努力をするなどの事項を含む被害防止協約を締結し、工場の経営者が替つてもその協約を新経営者に引き継ぐことを約したことが認められる。
ところで、右覚書の取り交わし及び誓約書の提出は、直接には高知製紙が行つたものではあるけれども、事の経緯からして、同会社の事業を引き継いだ西日本パルプが行つたと同視すべき筋合いのものであり、現に西日本パルプの幹部も右覚書等の存在を認識していたことが証拠上推認できるので、これに記載された被害防止等の義務は、具体的には高知製紙に代つて西日本パルプが履行すべきことになつたものとみられ、その後同会社を吸収して合併した大王製紙に移り、更にはその子会社たる高知パルプが事実上承継すべき関係にあつたものと考えられる。また、右旭地区住民との間の協約は、その趣旨に則り、西日本パルプから大王製紙を経て高知パルプへと、順次現実に引き継がれていることが、証拠上明らかである。
しかるに、西日本パルプ、大王製紙及び高知パルプは、右協約上の極く事務的な義務には一応服していたことが窺えるものの、廃液及び亜硫酸ガス等による被害の防止、除去のための積極的な処置をほとんどとることなく、判示のようなかなり重大な被害を生ぜしめてこれを放置し、高知パルプに至つては、右覚書及び誓約書の存在すら知らないという態度をとり、被告人らとの会談においても、多数の被害住民の迷惑を真剣に顧みることなく、判示のような高姿勢に出ていたものであつて、近時いわゆる公害問題が深刻化している折から、公害の防止措置は、具体的な公害の防止協定等個々の約定の有無にかかわらず、企業として当然に行うべき基本的な業務の一つになつているというべきであるだけに、俗にいわれる「公害のたれ流し」として非難されても仕方のない、甚だ遺憾な企業姿勢であつたといわざるを得ない。また、高知県水産商工部長作成の「パルプ製造設備の増設計画について(通知)」と題する書面写、通商産業省繊維雑貨局長、四国通商産業局商工部長作成の各「パルプ製造設備の新設について」と題する書面写、当裁判所の検証調書(昭和四八年八月一七日付)並びに証人植田遊亀に対する尋問調書によれば、弁護人主張のとおり、高知パルプは、昭和四五年六月頃、既設の四基の木釜(一号ないし四号)に加え五号木釜を増設したが、その増設については、通商産業省から、既設木釜一基を廃止すると共に、排水の水質をよくする対策ができるまでの間二号木釜の操業を休止するものとし、その具体的な方法、期間等は四国通商産業局、高知県・市の公害担当課の指示するところに従うべき旨の、廃液等による被害の拡大防止を目的とした条件が付され、これに基づき、四国通商産業局から、一号木釜の廃止を指示され且つ休止すべき二号木釜の送液管に封印を施こされたにもかかわらず、引き続き同年末頃までの間、密かに二号木釜を操業していたことが認められるのであつて、ここにも企業の公害に対する無神経さ無責任さを看取することができる。
そして、企業活動の自由は、財産権の保障、職業選択の自由として、憲法上保障されているところではあるが、その保障も決して無制限なものではなく、企業活動が国民の生命を侵害し或はその健康等に深刻な悪影響を及ぼすに至る場合は公共の福祉に反するものとして、憲法上の保護の対象から除かれ、もはや企業としては許されない違法な行為であるということにもなろう。
しかしながら、他方、高度に発達した現在の企業活動は、なんらかの意味での法益侵害の危険性を孕んでいないものはないといつても過言ではなく、そのような危険性のある企業活動を全て違法なものとして禁止するごとき処置をとつたとすれば、国の経済活動は停止したにも等しい結果になりかねないため、法は企業活動に社会的有用性の認められるものは、これに公共性があるものとして、許される危険の観点から、企業活動に法益侵害の危険性があつたとしても、その一事をもつて直ちに違法なものとはせず、その危険性を減少させる方向で、各種の立法上行政上の規制を行い被害の除去防止を図るという建前をとつており、それが現行法体系下の法秩序であると解せられる。従つて、そもそも個々の企業の具体的な企業活動が違法であるか否かは、一見して明白とはいい難く、その判断は、最終的には公的機関が公共的立場に立ち且つ企業側の事情をも考慮して慎重な審理検討を経たうえでなければ下し得ないのを通例とするであろうし、反面、その判断を個々の国民にまかせるような結果を認めることは、恣意的な判断により適法な企業活動に対しても公然と業務妨害に及ぶ危険性を孕み、法秩序を混乱に導くおそれがあつて、到底許されないものというべきである。
そして、右のごとき事情と、刑法二三四条の業務妨害罪が個人又は企業組織体の業務、即ち社会的経済的活動の自由を保護するものであることを、あわせ考えてみると、その活動が性質上あらゆる観点からして不法であり社会的有用性にも欠ける場合は論外であるけれども、平穏公然の営みとして事実上現に行われている社会的有用性を含んだ活動である限り、たとえその活動根拠等に法令ないし契約上の瑕疵があつたとしても、直ちに同罪における業務としての保護を失わせるものではないと解するのが相当である。
そこで、これを本件について考えるに、高知県・市などの行政当局は、批判の余地が少なからずあるとはいえ、本件パルプ工場の操業を約二〇年にわたり一貫して適法なものとして取扱つてきたものであつて、その間同工場はとにかく事実上平穏に操業を続け、また、高知パルプは、前記のように、大王製紙が本件パルプ工場を閉鎖しようとした際、地場産業の育成及び従業員の職場確保のため、地元の要請を受けて同工場を引き継いだ経緯があり、その操業目的もパルプの製造であつて、住民に被害を生ぜしめていることは是認し難いものの、一応、企業としての社会的有用性をも具備していたことは否定できないうえ、被告人らの運動、要求により、遅ればせであり且つ万全のものとはいえないけれども、新たに浮上分離装置を備付けて廃液の浄化を図ることを約し、なお工場移転の意向まで示しているのであるから、前説示に照らし、その操業をもつて、業務妨害罪によつて保護すべき業務にあたらないと断ずることはできず、少なくとも本件犯行当時には、右保護の適格を失つていなかつたものといわざるを得ない。
二正当防衛の主張について
この主張の要旨は、「被告人らの本件行為は、高知パルプが廃液の放流により前記のような社会的殺人・傷害ともいうべき被害をもたらしているうえ更に放流を続けてその被害を増大させつつあるという高知市民の環境権に対する急迫不正の侵害から高知市民を守るためにやむを得ずなした防衛行為であつて、その手段方法も相当なものであつたから、刑法三六条の正当防衛に該当する。」というものである。
そこで検討するに、江ノ口川及び浦戸湾の汚濁、これに伴なう流域住民らの被害は、本件パルプ工場以外の製紙工場等からの工業廃液並びに市民の生活排水にも起因してはいるけれども、その原因の大部分ないしかなり重要な部分が本件パルプ工場の放流廃液にあつたことは、既に判示したとおりであり、これは昭和四七年五月高知パルプが本件パルプ工場の操業を停止した後江ノ口川及び浦戸湾が次第に浄化され魚類等が生息するに至つたという証拠上動かし難い現実によつても明らかなところである。そして、工場等から公共用水域に排水される水の排水を規制することなどを目的として制定さた水質汚濁防止法(昭和四五年法律一三八号)の一二条一項による基準外の排水禁止は、本件パルプ工場の場合、同条二項、同法施行令五条により、その施行日たる昭和四六年六月二四日から一年間適用を猶予されてはいたが、そのことは、本件犯行当時における高知パルプの前記のような廃液放流が同法との関係において形式的に違法でないとされるだけで、その放流を全く適法なものとして是認する趣旨では決してないと思われるうえ、前記のとおり、高知パルプは、高知県知事との間の覚書及び同知事に対する誓約書に基づき、被害の防止除去の義務を負う立場にあつたものである。のみならず、高知パルプの廃液排出は、形のうえでは、パルプ製造という正当な企業活動の一過程であるけれども、その両者は不可分一体であつて、濃縮燃焼法等廃液浄化に十分な施設を備付けない限り、有害な廃液の排出なしにパルプ製造はなし得ないという密接な関連を有していることが明らかである。しかして、以上のような事情を総合して判断すれば、高知パルプの廃液排出は、既に前記のような被害をもたらしており、且つ、少なくとも本件犯行当時においてはその被害を拡大する原因になり得るものであつたと考えられるから、実質的にみて、違法であり、住民の健康等の法益に対する不正の侵害であつたといわざるを得ない。
しかしながら、われわれは、ここで刑法が違法性阻却事由の一つとして正当防衛を認めている趣旨をその出発点に立ち返つて考えてみなければならない。即ち、法は、社会秩序を維持する見地から、個々の国民の権利の擁護、救済の責任を全て国家又は公共団体等の公的機関に負わせ、権利を侵害され又はされるおそれを生じた国民は、公的機関にその法的保護を求め、その公的機関が侵害された権利の回復ないし法益の侵害の危険性の除去を図るのを原則とする建前をとつて、国民自らが実力行使に訴えるのを一般に違法としてこれを禁止しており、ただ国民が公的機関に法的保護を求める時間的余裕のない緊急状態の下における相当な防衛的実力行使のみにつき、正当防衛としてその違法性を阻却せしめているのであつて、それはあくまで例外的にしか認められないことである。そして、正当防衛が成立するためには、第一に、侵害が「不正」であるのみならず、「急迫」であることを必要とするのであるが、その急迫とは、右の正当防衛制度の趣旨に照らし、とりもなおさず、公的機関に保護を求める時間的余裕がないほどに緊急な場合を意味するものと解すべきである。
そこで、これを本件について考えるに、前記のとおり本件パルプ工場の廃液排出が不正の侵害であることは否定できないけれども、被告人らが公的機関にその侵害からの保護を求める方法として、裁判所に本件パルプ工場の操業差止或は廃液規制等を命ずる仮処分を申請するとか、右廃液排出により江ノ口川及び浦戸湾を汚濁していることにつき高知パルプの幹部に高知県内水面漁業調整規則違反等の犯罪の疑いがないではなかつたことに鑑みこれを告発し警察検察による捜査取締りに期待してみるとかの手段が考えられる。もつとも、右の仮処分申請については、その準備や裁判所の審理等に相当の期間を必要とし、告発についても、その結論が出るまでにかなりの日数を要するものと思われ、またいずれにおいても被告人らにとつて好結果をもたらす保障はなく、その間も本件パルプ工場の廃液放流行為が継続し、被害が拡大するのではないかという問題が考えられる。しかし、判示認定の各種の被害の発生は、過去二〇年余にわたる侵害行為の蓄積によるものであつて、現に継続中の廃液放流行為そのもののみの結果ではないこと等よりすれば、現在継続中の廃液の放流行為によつて新たに付加されるものはさほど一刻を争い本件犯行日に実力行使をしなければ機を逸するほどのものとはいえない(現に、後述のとおり、被告人ら住民側は、高知パルプが昭和四七年末までに工場を移転できなくても同年末をもつて確実に本件パルプ工場の操業を停止するのであれば、一応納得して、その後の推移を見守るつもりであつたと思われる。)から、被告人らにおいて、裁判所に仮処分を求める等の時間的余裕がなかつたとみることは到底できず、従つて、前記侵害には急迫性がなく、正当防衛の主張はその前提を欠くというほかない。
なお、念のために付言するに、被告人らの本件行為が正当防衛であるというためには、更に防衛のためやむを得ない行為であつたことを要件とするところ、本件の場合、この要件にも欠けると考えられる。即ち、既に判示したとおり、被告人ら住民側は、高知パルプと三回にわたつて会談を行い、その過程において、会社側が浮上分離装置の設置を約して一応の前進をみせ、更に濃縮燃焼法の採用方を要求したのに対し、会社側がこれをしぶり昭和四七年末を目途に本件パルプ工場を移転する旨表明するに至つたため、その移転ができなかつても同年末をもつて同工場の操業を停止するよう求めてその確約を迫り、会社側が後日文書をもつて回答することを約したので、その回答を待つことにしたのであつて、かかる会談の経緯に照らすと、被告人ら住民側は、会社側が同年末限り確実に操業を停止するのであれば、一応会談は功を奏したものとして納得し、浮上分離装置の効果にも期待して、右工場の移転ないし操業停止までの間、暫時静観することもやむなしという意向であつたと思われ、また、客観的にも、そうすることが、被告人らの立場及び前記のような社会的有用性をも具備する企業である高知パルプの立場の当時における調和点として、妥当であつたと思われる。しかるところ、右の文書回答は、判示のとおりであつて、企業の面子を考えてなのか、操業停止に関する部分に率直さを欠いてはいるものの、これを冷静仔細に検討すると、高知パルプ側は、本件パルプ工場の廃液が、やがて設定施行される法定の水質基準に合致しなくなることから、当面浮上分離装置を設置して操業を続けるが、予定どおり工場移転が実現しなくても、昭和四七年中には本件パルプ工場の操業を停止せざるを得ず、それ以上に同工場の操業を続けることは到底望めないという意向であつたことが窺知できる(現に、会社側は、右文書回答後間もなく浮上分離装置を設置し、また昭和四七年五月には本件パルプ工場の操業を停止している。)。従つて、被告人らが判示のような実力行使に及んだことは、情勢判断を誤まりいささか早まつた行為であつたとの評価を免れず、前記の急迫性の有無につき説示したことともあわせ考えれば、防衛のためやむを得ずした行為であつたということはできない。
三可罰的違法性欠如の主張について
この主張の要旨は、「被告人らの本件行為は、その動機目的が企業の横暴な自然破壊から自然を守り、同時に人間の健康と生命を守るという正当なものであること、生コンクリート投入に際し、決して地域住民に被害を及ぼすことがあつてはならないという配慮のもとに、場所を選定し、投入量を勘案したうえで行つており、行為態様に相当性が認められること、損害が軽微であること、被告人らの守ろうとした法益たる環境権、生存権が、侵害した法益たる企業の約一五時間の操業停止に比べて、より大であること等に鑑み、威力業務妨害罪をもつて処断すべきほどの可罰的違法性を欠く。」というのである。
なるほど、被告人らの本件行為の目的は、直接的には判示のとおり、実力でもつて高知パルプの操業を三日間位停止させ、その間江ノ口川や浦戸湾が綺麗になるのを県民や市民に知つてもらい、公害追放運動の理解を得ようとするものであるが、究極的には公害による自然破壊、ひいてはそれに基づく人類を含むすべての生物の滅亡を阻止しようとするものであつて、その点、目的は正当であつたというべきであり、なんら非難すべきものはない。しかしながら、目的の正当性とその目的達成のための手段方法の正当性とは自ら別個に判断されるべきものである。即ち、如何にその目的が正当であつても、その手段方法が相当性を超え、法秩序を乱す、いわゆる目的のためには手段を選ばず式のものであれば、違法性を具備することはいうまでもない。しかして、これを本件についてみるに、被告人らのとつた手段方法は、前記のとおり公的機関に救済を求める時間的余裕があつたにもかかわらず、これを無視した実力行使であつて、その相当性を超え、法秩序を乱したものといわざるを得ず、その実力行使に際して、弁護人主張のとおりの慎重な配慮をしたとしても、到底手段方法が正当なものとは認め難いから、被告人らの判示所為には、優に可罰的違法性があるものというべきである。
四期待可能性不存在の主張について
この主張の要旨は、「被告人らは、本件行為当時、高知パルプとの会談、交渉の道を閉ざされ、行政側からもなんら打つ手はないと言われた。また、廃液排出もしくは操業差止の仮処分を求める保全訴訟制度利用の道も、他に余り例がないうえ、違法であれともかくも二〇年間にもわたつて操業を続け多数の従業員を擁している会社に対して、本案判決に至るまで操業を差し止める結果になる仮処分など到底望み得べくもなかつた。従つて、被告人らにとつては、適法行為による解決の道を完全に閉ざされていたものというべく、本件行為にかわつて、他の適法行為に出ることを被告人らに期待することはできなかつたから、被告人らの本件行為には責任がない。」というのである。
しかしながら、被告人らにとつて、本件犯行当時、高知パルプとの会談、交渉、行政当局への働きかけ等による事態解決の道が一応閉ざされていたとしても、前記二(正当防衛の主張について)、三(可罰的違法性欠如の主張について)において述べたとおり、被告人らとしては、実力行使以外になお仮処分の申請、告発等の手段が残されていたものである。もつとも、弁護人主張のように、操業停止等の仮処分を求める方法は、その当時全国的に数少ない訴訟形態であり、判例上も確立したものがなく、資料収集も容易でないこと等から、困難な道であつたことを認めるに吝かではないが、それが不可能なものとはいえないのみならず、仮処分の申請を契機として住民側と高知パルプとの間に話し合いの場が設けられることも、充分予想せられ、且つその当時ある程度の時間的余裕が存在したことも前記二(正当防衛の主張について)において説示したとおりであるから、本件犯行当時被告人らにおいて事態を冷静に判断すれば本件実力行使以外に適法な行為に出る可能性は優にあつたものというべきである。
以上のとおり弁護人の主張はいずれも採用することができない。
(法令の適用並びに量刑の理由)
被告人らの判示所為は、刑法六〇条、二三四条、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律六一号による改正前のもの)に該当する。
そこで、犯情について考えてみるに、被告人らの本件犯行は、綿密な計画、周到な準備のもとに法を無視して大胆強力に行われたものであつて、この種事件を軽々に放置すれば各種運動等を刺激して安易な形で模倣され違法な実力行使を誘発しかねず、このような風潮はひいては戦後ようやく育つて来た民主主義の根幹にも触れるおそれがあることに思いを致せば、決して軽視できない事犯である。
しかし、被告人らは、いずれも健全な市民であり、且つ、直接具体的な被害者ではないにもかかわらず、高度な立場から近時における公害問題を憂慮し、公害から自然を守り、環境破壊を阻止して社会に裨益するため、自ら住民運動を組織してその先頭に立ち、真摯な活動を続けている者であつて、極度に汚濁した江ノ口川及び浦戸湾の浄化に取り組んでいた矢先に、高知パルプから背信的に会談を拒否され、また行政の無力さにも接して思い余り、その浄化を実現したい一念から、遂に本件犯行に及んだものである。そして、当時における公害問題の動向について考えてみるに、昭和三〇年代の高度成長経済下に、江戸川のパルプ工場側と漁民との乱闘、水俣病、四日市ぜんそく等の深刻な公害問題が発生し、阿賀野川の水銀中毒事件も発生して問題がますます深刻化していき、昭和四五年に至つて、東京牛込柳町交差点周辺の鉛中毒事件、光化学スモッグ事件の発生、更には田子の浦のヘドロ事件等々、公害問題が続発して重大な社会問題となり、これを反映して同年の臨時国会では一四件にも及ぶ公害関係法案が審議可決され、さながら公害国会とでも称すべき情況であつた。被告人らの高知パルプに対する働きかけは、まさに右のような情況下になされたものであつて、自然の成り行きであつたということができる。しかるに、高知パルプ側は、ようやく被害の防止につき一応前向きの姿勢を示すに至つたものの、やはり企業中心的なものの考え方に終始し、被告人らに約束した第四回会談を拒否したものであつて、もしその約束を守り、いま少し住民側の立場をも考慮して、判示文書回答の趣旨を率直に補充説明し更に謙虚に住民側の声に耳を傾ける等、誠意ある態度に出ておれば、本件犯行は生じなかつたと思われるだけに、右のごとき公害問題の現実に鑑み、公害防止に誠意を示しこれを実行することが企業の重大な責務であるというべきことからしても、本件の発生については、同会社側にもこれを誘発した責任があるといわなければならない。また、公害問題を解決する役割は、第一次的に政治、行政が担うべきであるが、その役割を果たすためには、公害問題がすぐれて地域的性格を有し、関係住民が結束を固めて公害に対する監視態勢を強めるという問題の性質上当然の成り行きがあることから、むしろその助けを借り、住民の意向を吸収して的確に政治、行政に反映させることが肝要であるといわなければならない。しかるに、本件において、高知県・市の各当局は、かねてより、住民から江ノ口川及び浦戸湾の汚濁による被害を訴えられ、その原因の大部分が高知パルプの廃液放流にあることを知つておりながら、これを防止する絶好のよりどころというべき判示のような覚書及び誓約書を生かそうとせず、被害を黙視してきたうえ、ようやく会社側と住民側との会談をもつに至つたものの、会社側が背信的に第四回会談を拒否したことに対し、被告人らが真剣に会談続行を希望しそのとりなし方を申し出ているのに、なんら積極的な措置をとらなかつたものであつて、本件は、かかる行政の傍観的で無策な態度にも起因しているといわざるを得ず、その責任も当然問題とされなければならない。
しかして、右のような事情に鑑みると、本件犯行の責任を挙げて被告人らのみに帰せしめることは到底できず、その他審理にあらわれた諸般の事情をも総合勘案すれば、本件については所定刑中罰金刑を選択して処断する程度にとどめるのが相当であると思料されるので、その金額の範囲内で被告人両名を各罰金五万円に処し、その罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二五〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条に則り、鑑定人今井嘉彦、同村岡猛男に支給した分を除いて、これを被告人らに連帯して負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(板坂彰 山脇正道)(東畑良雄は転勤のため署名押印することができない)